きっと素晴らしい出会いをしたのだろう。それを聞いて涙が出そうになった。いや、私のほうが君に救われていたんだ。私はずっと死ぬことばかり考えていた。人生に絶望ばかりしていた。たくさんの子たちと出会い、そこで生まれた心の絆。それが私をこの世にぎりぎり留めてくれていた。彼の言葉でそれに区切りを迎えたのかなとも思った。

思い残すことはないと。

今日はとても嬉しいことがあったので書き残しておきたい。その彼とは「運命」と呼ぶような深い絆があったのだと思う。歳の差はかなりあるが、私たちが出会った時、彼は人生に絶望し死ぬことさえ考えていた。わずか10代の中学生が重い病気にかかり、身体障害者となり、その悲しみに押しつぶされようとしていた。

何も知らなかった私が彼にとって大きな救いだったと、数年経って彼の口から聞いた。私はただ子供が集える楽しい場を作りたかっただけだが、その場が救いになったと。

そして数年経ち、彼は社会の扉を叩くこととになり、あの体のままでうまくやっていけるのかなと不安だった。もちろんそういうことはあまり表に出したくないので、遠くからそっと見守ることしかできなかった。

彼はいろいろな人と出会い、そこでたくさんの刺激を受け、苦労は当然あるだろうが「最近生きるのが楽しくてしょうがない」と言った。「やっぱり人との関わりは大切だな」とも。

そういう意味で言えば、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」などもまったく時間移動の本質を突いていない。本当の意味でのタイムスリップ(あるいは時代劇)などはいまだかつて存在したことがない。16世紀or17世紀の頃の日本人が、実際どういう価値観に支配され、その元にそれぞれの人生を生きていたか?などは知るよしもないのだ。

私たち現代人は生まれた時すでに、天王星・海王星・冥王星の価値観を含みもって誕生している。その価値観によって作られた社会の中で育ってしまっている。それが当たり前になっている現在人に、それ以前の時代(=価値観)を想像することはほとんど不可能といっていい。

そういう意味で時間移動もののドラマは、その本当の姿を捉えることは決してないのかもしれない。

だが、そもそも時間移動とは「価値観の移動」であるはずであって、たとえば1人の人間においても

・30代の人間が10代の頃の自分に戻るとき
・30代の人間が50代の時の自分に進むとき

には10代の頃の価値観、50代の時の価値観を見ているはずなのだ。それは30代の価値観とはまったく違っていて、子供である時の価値観、壮年(50代)である時の価値観、そういうものの見方であったり、考えた方であったり、感じ方であったりに変化することをいう。

ちょっと想像してみれば分かるが、30代の今の自分が10代の頃の価値観を思い出すのはかなり難しい。10代の頃の景色や風景や出来事を思い出すことはいくらでもできる。だがあの若い頃の自分がその現場で実際にどういう価値観を持って行動していたか、生活していたかを感じるには、30代の価値観に染まってしまった自分ではそうそう思い出すことはできない。

10代の、まだ大人というものを知らず、社会の不安も知らず、自分だけの世界で自我と他我の葛藤に悩んでいた、あの頃の価値観。時間移動とは単に時間的暦を戻るのではなく、あの頃の価値観・考え・思考・感情・想いに戻ることなのだ。

【時間移動における誤解】

何気なく見つけたこの方の投稿。まったくおっしゃる通りで、16世紀の封建主義世界において、近代的価値観(個人・男女平等・理性・国家)などは絶対になかったはず。あの頃の時代は天王星すらまだ発見されておらず、当時の人々においては

・主君に忠誠を尽くす
・お家(血筋)を守る

という価値観が支配する世界だった。そういう中で個々の人間は家や氏や仕える主君のために生きることを目的としていた。そもそもの依って立つ価値観が異なる世界だった。

これが過去を振り返ったり、未来を想像したりするときの罠で、私たち人間は時間移動(タイムスリップ)しようとするとき、今現在(現代)の価値観のままで過去or未来を見つめようとする。

【魚座的(12ハウス)視点】
個人も国家も超えた博愛的な視点からくる意見。日本人も韓国人も仲良くなってほしいんだよ。みな同じ人間だし、付き合ってみれば分かるけどみんないい人たちなんだから。お互いいろいろあるだろうけど、日本も譲歩して、韓国もトゲトゲするのやめようよ。

「それを語っている視点(次元)」を理解すれば、それぞれの意見にはそれなりの言い分があるのが分かるだろう。どれが正しいとか間違っているとかではなく、すべてが自分から見た視点では正しい。ただその依っている価値観(位置)が違うというだけ。

深海から見た風景が空から見た風景と違うからといって、どちらかが間違っているということではない。どちらも正しい。それと同じ。

インターネットのように文字だけの情報しかない世界は、この違いを見えなくさせる。そうやって毎回毎回あちこちでケンカ・炎上騒ぎが起こる。この力はある意味私たちの意識を高める「負荷」となっているのだろう。

・それぞれ違う景色を見てものを語っているのだ、
・そのすべてが正しいのだという理解に至らない限り、

この争いは止まらない―という負荷的圧力として。

【蠍座的(8ハウス)視点】
相手に対する恋愛感情に近い視点から語る。私はBTSが好き。ジミンが大好き。私の大切な人を傷つけるような、韓流批判は絶対許さない!いいじゃん原爆Tシャツ来たって。過去のことをゴチャゴチャ言わないでよ。

(もっとひどくなると)日本人なんかに生まれたくなかったわ、むしろ韓国人に生まれたかった→こういうことを投稿して炎上した人もいる。

【射手座・山羊座的(9・10ハウス)視点】
社会・国・民族など、個人を超えた集団的視点から語る。韓国という社会・文化・人種に対するところからの意見。韓国人はいつもこうだ、反日ばかりして言いがかりをつける。そんなに嫌なら日本に来るな!テレビの出演拒否も当然だ、ここは日本だ!など。

【水瓶座的(11ハウス)視点】
国家や人種を超えた国際的視点からくる意見。韓国もいろいろあるだろうけど、さすがに原爆Tシャツやナチス帽はやりすぎだよ。政治とか宗教とかは国際的な場であまり持ち出さないほうがいい。アーティストはあくまでアーティストとして行動しなきゃ。

【蟹座的(4ハウス)視点】
自分の好きなものが自分のアイデンティーにまでなっている。大切な心の支え。だからそれを否定されること(BTSが非難されること)は自分の家や故郷を否定されたような気持ちになる。だから必死になって彼らの擁護をする。きっと悪気があってTシャツを着たわけじゃない。許してあげようよなど。

逆にこれが批判側に回ると、自分たちのアイデンティー(日本)を彼らに侮辱された気持ちになるので、とても感情的な非難をする。もう日本にくるな!日本人を馬鹿にするな!原爆で苦しんだ人たち(同じ日本人)に謝れ!など。

【乙女座的(6ハウス)視点】
個人としての役割、そこで与えるもの得られるもの、責任感など、現実的な視点から語る。なんでBTSは日本で仕事してるのに日本人ファンを幻滅させるようなことをするのだろう?それはお客さんにツバを吐いているようなものじゃない。そんなことしたら逆に自分たちの商売ができなくなっちゃうじゃない。もっと大人になろうよ、など。

占星術の12星座(12ハウス)というのは、人間における「意識の次元」として考えられている。牡羊座から始まる順番が

・個人としてのレベル
・個人と個人(自分と他者)が交わったレベル
・集団性のレベル
・超集団性のレベル

へと発展していく、様々な意識レベルの差だと。どれが良いとか悪いとか、低俗とか高尚とかではなく、すべての要素が必要なものだと。そういう様々なレベルが人間の中に混在している。子供の自分だったり、大人の自分だったり、男や女としての自分だったり、親としての自分だったり、家庭人の自分や社会人の自分だったり。

どの自分で語っているかによって意見は様々に異なる。あくまで単純なくくりだが、BTSに関する意見で表現するとこんな感じになるだろうか。

【牡牛座的(2ハウス)視点】
単純に自分の好きなものという視点から語る。BTSの音楽が好き、BTSのスタイルが好き。自分が好きな音楽を歌うアーティストのことを悪く言われるのはあんまりいい気持ちがしない。そういう視点からBTSを擁護する発言をしたり、あのTシャツは褒められたものじゃないけどまぁいいじゃないとか。そこまで感情的にならない。

【占星術的視点で物事を見る】

もう少しBTS問題について。いつも言っていることだが、私たちがそれぞれの意見を語るとき、様々な次元から語っていることに気づいていない。みな同じ場所・視点から言っていると勘違している。だから論争が耐えない。BTSの問題は日本国内でも様々な意見が出て論争になっているので、このテーマを考えるのにちょうど良いと思った。

たとえば景色を見るとき、
・深海から見るとき
・浅瀬から見るとき
・地上から見るとき
・山の上から見るとき
・空から見るとき
・高度1万メートルから見るとき

ではそれぞれまったく違う風景に見えるのはお分かりだろう。「自分が見る地点=次元」によって見え方は異なってくる。これは人間の価値観についても言えることで、自分がどの地点(次元)の価値観から言っているのかによって、出てくる意見は異なる。

それが分からないと、相手のいった意見の言葉尻をとらえて誤解し、ケンカになる。少し大雑把ではあるが、この地点(次元)の違いを占星術的視点から説明してみよう。

「違う」ということを受け入れる。たとえそれが自分の信じるものと相いれなくても、相手を否定しないこと。違うということをありのままに受け入れ、上手な距離を取って仲良くすること。そういう「大人の付き合い」ができるようになるまで日韓問題は終わらないだろう。

そういう「正義感」がまったく違う集団2つが出会ったらどうなるだろう?

・キリスト教とイスラム教の戦いである十字軍遠征
・ユダヤ教とイスラム教の戦いである中東戦争
・ヒンズー教とイスラム教の戦いである印パ戦争

どちらも自分たちの価値観(教え)が絶対的に正しいと信じていた。そうやって起こるのが宗教戦争。宗教は人間にとっての信念・信条・思想・文化的価値観によって生まれる。

誰もが自分が生きてきた中で自分なりの信じるものを持っている。人生はこういうものだという人生哲学もそう。それを拠り所に毎日の生活(苦しいとき悲しいときも含め)を送っている。

そういう射手座的エネルギーは絶対譲れないものでもある。だからそれが違う人とはどうしても衝突してしまう。だが衝突ばかりしていてはお互い仲良くなることはできない。結局自分が損をする。

だからそういう違いにはなるべく触れないようにし、お互いの違いを認めた上で適切な距離をとって付き合いましょう。それはなにも国家同士だけでない。友人だって、恋人だって、夫婦だって、国際結婚だってみな同じ。

韓国側の意見を聞いていると

・日本が韓国をむりやり植民地化した
・日本は慰安婦、徴用工など様々な非人道的行為をした
・日本が原爆を落とされ戦争に負けたのは天罰だからだ

といったものが多い。日本に親近感を持っている人でさえ、こういう感覚を持っていたりする。

それに対して日本側の意見は

・日韓併合は国際的にも認められた合法的なものだった
・慰安婦、徴用工問題は十分な証拠が少ない
・原爆は民間人を狙った非人道的行為で許されるものではない

といった感じが多いだろうか。どちらの意見もそれぞれが「自分の意見は正しい」と強く信じているので、相容れることはない。自分たちの文化・価値観において思想信条的なものになっている。

正義感というのもそういう価値観からくる。「これが自分たちにとって正しいこと or 悪いこと」。それは自分たちにとって絶対的ルールとなり、法律となり守るべき社会規範となる。それを犯すヤツは悪の権化であり徹底的に懲らしめないといけない。

【徴用工判決とBTS問題】

第3次韓流ブームと呼ばれ、日韓の距離が近づいてきたと思ったら、それに冷水を浴びせるようなことが起こった。日韓基本条約の根底を覆す徴用工判決。原爆きのこ雲が描かれたTシャツを着ていたBTS(防弾少年団)。日韓関係は近づいてきたと思ったら離れるということをいつも繰り返す。

前回の第2次韓流ブームも李明博大統領が竹島に上陸し、天皇への謝罪を要求。さらにサッカー日韓戦においてキソンヨン選手が猿のモノマネをして日本を嘲笑。それらがきっかけとなって嫌韓が一気に広がった。韓流歌手が紅白に出場することもできなくなったし、日本から韓国への観光客も激減した。

今回の騒動でもこれでBTSの紅白出場はゼロになったし、日韓の経済交流も冷え込むだろう。

この問題の根底には韓国の行き過ぎた反日教育があるのはもちろんだが、それがお互いの「思想・信条・正義」的なものにまで関係してしまっていることが要因の1つだと思う。ある意味宗教戦争に似ていると。

火星と金星の一致なら、太陽・月星座を色々バリエーション変えながら組ませることができる。実際の恋愛関係にならなくても、その様々な相手と感じる恋愛的・感情的情熱は10代・20代の子たちにとって素敵な刺激になるのではないだろうか(笑)

テレビドラマでよくある青春的ときめきを、占星術的に操作(関与)して引き起こしてあげる。1人の相手でときめきが起こらなくても、そういう行為を何度も何人とでも体験させてあげれば、人間は「慣れ」のもとに徐々に楽しめるようになるはず。

もちろん恋愛につきもののケンカや嫉妬や衝突もあるだろうが、そういうのも含めてわざと引き起こしやすいような状況を作ってあげる。これはゲーム的要素も大いにあるし、楽しんでもらえるんじゃないだろうか。

占星家が本気になったら(それを実行するだけの権力を与えられたら)、人間関係にしろ社会的立場にしろ、ホロスコープを利用した様々な意図的行為を行うことができる。もちろん悪意あるものはアウトだが、人の気持ちを傷つけない程度に楽しめることはいくらでもできると思っている。

お酒を飲んでいい気分になっているので少しおふざけを(笑)

Twitterを見ていたらこんな投稿を目にした。占星術の理論とか難しいことをいってるよりもたまにはこういう遊びゴコロがあることをしてもいいじゃないかと。もし私にそういう地位なり権力なり与えられたら、ぜひやってみたいことがある。

私が中学校・高校の教師だったとして、クラスの男女、それぞれのホロスコープの火星と金星の組み合わせが一致する人同士を組ませる(太陽と月のつながりも考慮して)。そしてなにか共通の目的に向かって一緒の活動をさせる。できれば少し困難を伴った課題で、クリアするまでにそれなりの期間がかかるものならなお良い。

そしてその期間中に2人が恋愛関係に陥るかどうかを実験する。金星や火星の一致が恋愛的感情を呼び起こすのはよく知られているが、その一致だけではそうそう男女の関係には至らない。「2人で共通の目標に向かっているんだ!」という感情的絆がそこの気持ちを喚起する。

昔フジテレビでやっていた「あいのり」の変形版みたいなもの。そういうコンビを組む相手を2~3ヶ月ことに変えて、いろいろな相手と組ませてみる。

それぞれが心理効果・薬理効果を及ぼし、生理的・行動的・主観的作用を起こさせると考えられるが、薬理効果の研究についてはほとんど載っていないし、心理効果については個々人の認知の影響を強く受けるので、研究結果がバラバラになったりする。

アロマテラピーは心理効果を起こさせると考えられるが、薬理効果がどこまであるのか?(もしくはないのか?)などは十分な研究結果がない。

「においは何のためにあるのか?」という本質的テーマを考えるとき、この面での答えはどうしても必要になる。幸いこのアロマサイエンスシリーズ21は様々な分野のにおい研究本が出ているので、もっと読んでいきたい。

本の中で面白いと思ったところをメモしておく。

(1)においの定性的分類において得られたデータによると、におい評価の第1主成分・第一因子・第一次元において「快―不快」に関する軸が抽出されるという。しかもこの評価軸は”頑健”だと。つまり私たちはにおいを嗅いだとき、まず1番に

・それがいい匂い(気持ちいい=快)か、いい匂いじゃない(気持ち悪い=不快)か

を感じているというわけだ。そして第2軸は「刺激性」。触覚的特性(鋭い匂いとか燃えるような匂いとか)を感じている。これらの研究結果は、嗅覚的な感覚が牡牛座系(2ハウス系)エネルギーと関係していることを示唆しているのかもしれない。

(2)におい物質が生体に及ぼす作用とは?実はこれがまだよく分かっていない。におい物質が体に取り込まれるルートには2つあって

・嗅上皮から嗅神経を通って脳に影響を与えるルート
・肺(呼吸器系)や腸(消化器系)や皮膚を通して血管に入るルート

【医療占星学 -感覚器読書-】

視覚・聴覚は光や音の物理的特性(波長・大きさ・高低)を元に分類・理解できるのに対し、嗅覚はにおい物質の化学的特性によってそうできるほど単純ではない。におい物質は40万種類以上存在するとも言われ、その化学物質を受容する嗅覚レセプターはヒトで400種類くらいある。しかも嗅覚レセプターとにおい物質の対応が1対1ではなく、複数の様々なパターンで組み合わさる多対多という関係になっている(そのおかげで数千・数万種類ものにおいを嗅ぎ分けられる)。

しかもにおいの知覚は、個々の人の体験・経験・嗜好など認知的影響を強く受ける。あるにおいがある人にとって快でも、他の人にとっては不快な場合もある。「特定のにおい物質=特定のにおい感覚」と決まっていないところが嗅覚の難しいところだ。

この本はそういう人間のにおいに対する心理的側面を扱った本といえる。とても興味深い分野だが、読んでみれば分かる通り「いろいろな研究結果を集めたもの」という印象が強い。こうだ!とはっきり仕組みを断定できるまでに至っていない。嗅覚研究が発展途上の分野と言われる所以。

「ああいうバカ騒ぎをする渋谷ハロウィンはもう規制しよう」という意見が出るのは十分理解できる。だとしたら「それに変わる個の抑圧を解放し、集団とつながる場」というものを、何かしらの行事として作る必要があるのではないだろうか。

あのバカ騒ぎした若者たちを冷たい目で見るのは簡単だ。だが「真面目で正直でルールをしっかり守る良い子」の私たちも、ああいうバカ者になる機会が本当は必要なのだ。そういう状態になってこそ表に現れてくる何かがあるはずなのだ。

そういう内なる衝動に気づき、それに触れ、見ず知らずの人たちと意識を一体化させる機会。そういうものによって「社会(集団性)」は作られる―というのがデュルケムの論だったと記憶している。

世間を混乱させた渋谷ハロウィン騒動。だが逆に言えば、ハロウィンのお化け(人間の暴力的衝動性)にもっともふさわしい出来事だったのかもしれない。それは人間の内なる衝動(ダークなもの)という蠍座の季節にピッタリあっていると言えるだろう。

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