私にとってはこれが冥王星のイメージな気がする。

よく猟奇殺人者が描いた絵などにも、ものすごい魅力(心に突き刺さって離れない魅力)があるものがあるが、この男の絵もそれと似たような感じがする。怖くはない、怖くはないのだが冷酷で冷徹。感情のないままに人々に死をもたらす―そういった感じ。

私はこの男の絵を見た時「救い」を感じてしまった。
私のもとに来て救って欲しいと。死をもって。

もしこのイメージ像が死神であるなら、死神というのは一般に語られるような「憎しみ・恨み・つらみ・後悔」などといった負の感情の存在ではなく、もっと冷徹で優しい存在なのではないだろうか。

単純にこちら側の世界からあちら側の世界に連れて行く存在。

善とか悪とか、良いとか悪いとか、こうすべきだったとかああすべきではなかったとか、そんな余計なことは一切言わず、淡々とこの世とあの世の橋渡しをする。確かにこの世に執着している人にとっては悪魔だろうが、そうでない人にとっては違うイメージとして感じられる。

とても魅力的なイメージ像だ。

【ポップな心霊論】を解釈する⑤

はやともさんの記事の中でもっとも興味を惹かれたのがこれ。このことについて語りたいがために、彼の心霊論を取り上げたと言ってもいい(笑)

大きな事故が起こるときに現れる“破壊神”
jisin.jp/column/1613877/

大きな事故を写した映像に何度も彼を見かける―。「This man」として都市伝説になっている男そっくりの顔。世界中の人が夢の中で彼を見たと言われている。

霊能力を持った人でさえその男を見るということは、この男のイメージが単なる作りモノではなく、集合意識的な元型イメージを表しているのではないだろうか。ユングの元型論(アーキタイプ論)が示すように、私たち全員が無意識のうちにもったイメージ像で、それは死を表す存在(=意識)であると。

簡単に言えば「死神」なのだろうが、それを霊能力を持った人が見ているということが興味深かった。「死」という意識状態、あるいはそれをもたらす意識がこういう男のイメージを持っているということ。

この男の画像を見ると、怒りとか憎しみとかは一切感じず、でも強烈に心に突き刺さって離れない。

左右、後ろ、上下は決して見ることはできないが、見えないからこそそこには意味があるのかもしれない。

・左方向が示す意識
・右方向が示す意識
・後ろ方向が表す意識
・上方向が表す意識
・下方向が表す意識

それをさらに細かく分ければ、北東や南西など多くの方向性が出てくる。それぞれにその方向性が示す意識というものがあって、私たちの意識(あるいは場所や地域や国家や世界の意識)を形作っているのかもしれない。

北東(うしとら)の方角と言えば、縁起の良くない鬼門と言われる。だがそれは単純な運勢の悪い方角という意味ではなく、人が普段目にしない人間の深層心理を表すものであったり、夜の世界が表す感情や無意識を表す意識だと想像できはしないだろうか。ホロスコープで言えば蠍座(8ハウス)や魚座(12ハウス)の意識など。

まだまだ不勉強なのでわからないが、方向(方角)は

・どの地点を中心軸としたものか?

が大きく関わっていて

・人間の身体
・地球の磁場
・地球と太陽の関係性
・太陽系から見た方角

など様々な視点があるのではないかと推測できる。そのそれぞれに意識としての意味があるのかもしれない。

【ポップな心霊論】を解釈する④

霊力と方角

先程とりあげた「意識と方向性」について、考えさせられる記事がこちら。

・間違った方向の神棚は冷蔵庫と同じです
jisin.jp/column/1615129/

この記事では神棚というものは正しい方向に向けて置かないとまったく意味をなさない―と語られている。霊感の強い人はちゃんと正しい方向に設置したときのパワーを感じるらしい。これが示唆するのは「意識と方向性との関係」だろう。

なぜ占星術の12星座にはそれぞれ区別があるのか?
なぜ占星術の12ハウスにはそれぞれ意味が違うのか?

その違いは「方向性(方角)の違い」と言えるだろうが、東西南北あるいは上下左右前後という方向性の違いは単なる区別などではなく、意識上においても明確な違いを表していると考えられはしないだろうか。

この方向性の基本軸はおそらく人間の身体と思われる。私たちは身体を中心とした時、「前」しか見ることができない。後ろは決して見えないし、左右も同じだ。顔を左に向けたとき、それはすでに顔からみた「正面=前」の景色になっている。

霊能者の方のホロスコープを見ると、ほとんどの場合で「魚座系エネルギー(12ハウス・海王星)」の強調が見られる。

・はやともさんの場合は、海王星と太陽の180度
・江原啓之さんの場合は、海王星と月の90度
・木村藤子さんの場合は、海王星と太陽の120度
          海王星と月の120度
          海王星と水星の90度
・宜保愛子さんの場合は、海王星と月の90度
          海王星と太陽の120度

※ハウス区分も分かればもっと興味深い配置になっていると思われる

魚座系的なこの世を超えた力が、一般感覚器を特殊な状態にまで昇華させていると考えられはしないだろうか。

それは魚座系特有の幻想力や集合意識にふれる力であって、それが感知した「他者意識(念)」や「集合的・社会的な感情(念)」などを、感覚器で知覚できる形に落とし込んでいるのかもしれない。

逆に言えば、天王星系エネルギーは薬物などを使ってそういう特種状態にし、海王星系エネルギーは霊的チカラを使ってそういう特種状態にする力が秘められていると考えられる。

【ポップな心霊論】を解釈する③

霊能力と感覚器

霊能力とは見えないものが見える、聞こえないものが聞こえる、感じられないものが感じられるといった、ある種「感覚器官の異常状態」とも考えられる。はやともさんの話の中でも興味深いものがいくつかあって、

・視力が落ちても霊はクッキリ
jisin.jp/column/1613517/
・高校であったパソコン室の怖〜い話
jisin.jp/column/1639351/

では、視力が落ちてきているのにもかかわらず霊だけはくっきり見えるという視覚異常、動画の声が自分とは違う人の声として聞こえる(or 女性の声が男性の声として聞こえる)聴覚異常として語られている。

これらから推測するに、霊能力とは一般の感覚器官をある種特別な状態(異常状態)にすることで、見えないものを見えるようにしたり、聞こえないものを聞こえるようにしたりしているのかもしれない。

占星学的に言えば、これは
・天秤座(8ハウス)―牡羊座(1ハウス)
・蠍座(8ハウス)―牡牛座(2ハウス)
のテーマと深く関わり合いがある。

さらに社会(世間)の影響ということなら
・射手座(9ハウス)山羊座(10ハウス)―個人ハウス
・水瓶座(11ハウス)魚座(12ハウス)―個人ハウス
のテーマと深く関わり合いがある。

怪しい霊視芸人からアイドルを守ろうとしたマネージャーの確固たる意識。それがはやともさんの霊視そのものを防いだ。自己他者間の意識は双方向であって、向こうから変な意識を向けられても、それに対抗する意識をこちらが持てば、必要以上に影響されることもないのでは…とこの記事は示唆している。

と同じに、こういう意識(気持ち)同士の刺殺戦が呪いなどの呪術戦にもつながっているのかもしれない。それは結局「わたしとあなた」の意識がつながっているということであり、その影響の中で人の人生が営まれているということなのだろう。

強い霊能者は他者から向けられた邪念を一発で払うことができると言う。それはその人が精神修行などを通して強い意識を得たからなのだろう。逆に自己(意識)の弱い人は、そういう他者からの念を容易に受けてしまい、それに影響されて体調を崩したりするのかもしれない。

生霊とか他者からの念とか言われると、ネガティブなイメージ(怖い・恐ろしい)と思ってしまいがちだが、人が人として生きている限り、あるいは自己が自己として存在する限り、他者意識の存在から逃れることはできない。他者の意識なくして自己は自己たり得ないからだ。

他者から向けられる意識には「4つのパターン」があると画像で示したが、その中には自分を認めてくれたり応援したりするタイプもあれば、自分を否定したり対立したりするタイプのものもある。

どれが良いとか悪いとかではなく、その影響に対して自己がどう振る舞うかが大切なのではないだろうか。たとえ自分を否定・対立するような意識を向けられたとしても、自己が確固とした意識を持っていれば、背景に対して抗う(図の方から背景を違う形にするエネルギー)力が働く。

人の体験とはそういう自己他者(環境)間の衝突にあるのだから、必要以上に怖がらなくても良いのだろう。そのことははやともさんのこの記事からも推測できる。

・アイドルの霊視をマネージャーが妨害した
jisin.jp/column/1615457/

これは逆も可で、もし自分が自分に対して

・私は○○な人間だ
・私の○○な性格だ
・私はモテる or モテない
・私の人生は○○な感じで、それに対して○○な感情を持っている

と自らの自己イメージを抱くと、それに合わせた環境(他者・場所・仕事・社会的立場)が言わば”背景”として現れてくるのではないだろうか。私はこれが「引き寄せの法則」と呼ばれているものの仕組みだと思っている。

ただここでいう自己イメージには潜在意識や無意識の領域も含まれる。そこは中々自己の顕在意識だけでは届きにくく、それが引き寄せの法則が現実化しないと感じる理由になっているのではと。

それを絵で表すと以下のようになる。ブログでも何度か説明してきたが、自己の主観世界(自己意識)は他者の主観世界(他者意識)を背景とすることで浮かび上がってくる。「地=他者」としての背景を描けば、必然的に「図=自己」としての壺が現れる。

壺だけの絵というものはないし、顔だけの背景もない(認知的に)。どちらも両方セットで存在している。

他者の生霊の本質がその人の意識(心理状態)だとすれば、誰かが自分に向けて意識を向けることは必然的に「背景としての地」を作ることになり、それに影響されて「絵としての図」である自己イメージが現れるのかもしれない。

生霊や念というのはそうやって誰かに向けた意識(想い・思考・感情)なのではないだろうか。それは自己が自己イメージを抱くためにある意味必要なものだとも考えられる。

おそらくはやともさんはそういう中でも強力な念(他者の意識・想い・感情)を捉えていて、もっと霊感の強い人ならそれほど強力でない念(様々な他者の意識・想い・念)までも捉えられるのかもしれない。

この考えは占星学的にも興味深く、もし意識というもの(そのエネルギー)が空間を超えるものだとしたら、遥か遠くにある天体が距離の差なく私たちの意識に影響を与えていることも説明できる。

むしろホロスコープが示すことは、空間上の直線的距離ではなく「空間上の位置的距離(方向・方角)」の方が重要だということかもしれない。方向にはそれぞれ意味があって、私たちの意識状態はその方向性と共にあると。

これが12星座・12ハウスの方角的意味とつながりを持つのかもしれない。

さて話を戻して、他者の生霊(念)についてもう少し考えてみよう。心理学でも言われるように「自己意識は他者意識との関係性」によって作られている面がある。

乳幼児の意識発達では、自我と世界が分離していない状態の赤子が他者(母親など)の視線を受けることで、自我の存在に気づき、世界との分離を果たしていくと説明される。それが自我の目覚めだと。

そういう意味では他者存在(=意識)があって、初めて自我はそのイメージを得ることができる。この「他者」は個人としての他者、他者が集まった集団、それによって作られている社会(世間)なども含まれる。

【ポップな心霊論】を解釈する②

他者の生霊とはなにか?念とはなにか?

霊視の話になると「○○さんの生霊が取り憑いている」というのがよく出てくる。はやともさんの記事でもそれは結構あって、いくつか取り上げると

・モテる人には生き霊がたくさんいます
jisin.jp/column/1614340/
・あなたも生き霊を飛ばしているかも!
jisin.jp/column/1614645/
・先輩芸人に憑いているストーカー生き霊
jisin.jp/column/1614389/
・女遊びが激しい芸人についた黒い生霊
jisin.jp/column/1648813/

などがある。

自分の霊体が自分の意識(心理状態)だとすると、他人の霊(生霊)も当然「その人の意識(心理状態)」と考えられる。誰かを強く思う(喜怒哀楽さまざまな)気持ちはある種霊的なイメージとなって、想われた人のところに届くのだろう。

問題はこの「距離」に対する考え方で、もし霊視が真実だとすれば人の意識は空間を超えることになる。意識状態そのものが空間をこえた4次元的存在だと。

これは占星術の考え方とまったく一緒で、占星術における星の配置は(その意味は)その人の意識を表している。私たちが様々に思考すること、喜怒哀楽する感情、信じるもの疑うもの、様々な心理状態はすべて星のエネルギーと関連して存在すると。

ある配置を持っていることは、その人の先天的な心理状態(意識状態)を表し、ある配置に星が動くことは、その人の心理状態(意識状態)が違う状態になることを表す。意識こそが私たちたちの本質であり、その動きを星のイメージとつなぎ合わせたのが占星学だ。

霊視がその心理状態(意識)を「霊」としてイメージ化して見るのに対し、占星術はその心理状態(意識)を「ホロスコープ」として図面化して見ると言えるかもしれない。

では、死んだ人の霊とは何か?という疑問が出てくるのだが、これはもっと深いテーマ(意識・記憶・時間)と絡んでくるのでまた別のところで考察してみたい。

【霊体とはなにか?生霊とはなにか?】

・生霊に出ていた「えんにち」望月の引退
jisin.jp/column/1614751/
・霊体の“色”で人間関係まるわかりです
jisin.jp/column/1614963/
・浮気の証拠、僕には見えちゃう
jisin.jp/column/1613664/

はやともさんの目には、身体と一緒にその人の「霊体」みたいなものが見えるらしい。それはその人の感情であったり精神状態であったりを表すものであると。スピリチュアルで霊視といったときに真っ先に出てくるのがこれだ。

その人の思考・感情・精神状態を表すもの―

これを別の言葉で言えば「その人の意識」と言える。表面的な取り繕いや建前だけでなく、本心や真実までも含んだもの。そういう人の心理状態が霊体(生霊)としてイメージ化していると。

それはつまり「人の心理(=意識)」というものは、外見のイメージである肉体のそばに(あるいはセットになって一緒に)存在している―というのが霊視現象から導き出される推測になる。

【ポップな心霊論】を解釈する①

しばらくスピ系から離れていたが、面白い人を見つけたのでまた少し考えてみたい。よしもと芸人の「シークエンスはやとも」さん。この方はいわゆる霊能力がある方のようで、人の生霊や死んだ人の霊などが見えるらしい。といっても霊能者みたいなその道のプロではなく、「普通の人がたまたま見える能力を持っている」という感じ。

その分へんに説教クサくなくていい。霊能者はどうしても宗教的な方が多く、「良い悪い・こうしなさいこうしてはいけない」的な決めつけタイプであることが多い。道徳を説いてしまうと、逆に分析ができなくなる。むしろはやともさんのようなポップな霊視の方が、真実を探る分には好都合だと思った。

ポップな心霊論
goo.gl/DxyoQ7

この考察では、ネット上に掲載されているはやともさんの記事を通して、いわゆる霊的存在(生霊・死んだ霊など)と占星学における意識構造との関連性について考えてみる。霊とはなにか?念を飛ばすとはなにか?スピ的なものとしてではなく占星術的な視点からの解釈として。

医療占星学 -感覚器 読書-

人工内耳に関する本をいくつか読んでみたが、どれも「これまで聞こえなかった静寂世界に光がもたらされた…」という感想的な内容だった。私が探していたのは、聴覚のあるなしが人間の心理にどういった影響を与えるか、その感覚器的違いを述べてくれているような本だったので少し期待はずれ。

次は感覚遮断実験の本と、知覚心理学・感覚心理学系の本を読んでみようと思う。

経験ある占星家の意見として言えば、

「世の中の出来事を予測するなんて不可能だ―」というのが正直な気持ち。地震などの自然災害にしろ、政治状況にしろ、世の中の景気にしろ、そういう予測をホロスコープを使ってできるなどと考えるのは傲慢極まりない。

人間個人のホロスコープでさえ、そういう予測は不可能なのだ。ましてや社会や国家などの予測など無理筋も甚だしい。経験を積めば積むほどそういう謙虚さが身につくようになる。

当たったと騒いでいる人がいたら、その人の今までの予測結果の統計を取ってみればいい。地震を予測する人は年がら年中「今月は大地震が起こります!」と言っているのが分かるだろう。

予言は確かに魅力的だ。
誰もがこの先の未来を知りたいと思っている。

だが、未来は常に不確かな部分があるからこそ未来なのだ。予測外のことが起きるからこそ人間の進化は起こる。心理学でも言うように、人間の意識は顕在意識だけで動いていない。無意識の領域もあって、そこが大きな影響力を及ぼすからこそ、人の意識は豊かなのだ。

それはその人の深層心理に「この世はつらい世界だ。この世は悪い世界だ」という意識があって、それを予言を通して言い表しているにすぎない。

自分が満足するくらいにネガティブ予測をした後、2段階目としてポジティブ予言をするようになる。「そういう悪い世界を救うのが光の存在です(私の役目です)」と。この段階になると、予言には素晴らしい未来を約束するようなものが多く表れ、「もう間もなく起こります!もう間もなくです!」と煽るようなものになる。

だがいつまで経ってもその未来が現実化することはなく、焦ったその人は、

・もう間もなくです!もう間もなくです!を言い続けるか
・私たちの意識が低くて少し延期になりましたと、延長状態に入るか
・私たちは見捨てられたのです!と逆ギレするか
・パニックになってすべてから逃避するか

のどれかを取るようになる。

結局、世界は悪くなることも良くなることもなく、今まで通り普通に進んでいるということなのだが、それを受け入れられない予言者はそこで発狂する。すべては海王星の約164年という、人間の生では捉えられない時間軸を捉えようとしたことに起因する。

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