占星学と心の探求 さんはインスタンス mstdn.jp のユーザーです。アカウントさえ持っていればフォローしたり会話したりできます。 もしお持ちでないなら こちら からサインアップできます。

占星学と心の探求 @astrology@mstdn.jp

天王星はそれまでのあり方をガラッと変える。この7年間による変化で世界が大きく変わったように、これからの7年もまた世界を大きく変えるのだろう。トランプ大統領が登場し、北朝鮮と歴史的な会談をしたことは、東アジアの様子を一変させるのかもしれない。その変化の流れはあまりに早く、古い価値観に凝り固まった人は追いつくのが難しいだろう。でも時代は常に動いている。

日本でも平成が終わり新しい時代が始まる。おそらく次の元号の間に今の団塊世代は多くがあの世に旅立っていくだろう。それは私たちの生活のあり方を、社会のあり方を、大きく変えることになる。団塊世代特有の価値観(集団主義・平和ボケ・楽観主義)は姿を消し、団塊Jr以降の、氷河期世代特有の価値観が世間を支配することになるだろう。そこで出てくる姿どんなものになるのか。

次の7年だけではまだ早すぎるが、間違いなく時代は新しいフェーズに入ってく。日本も過去の栄光からサヨナラする時代へ移っていくだろう。

米朝会談の成功。天王星が牡牛座に入り、また新しい時代が始まったのかな~と感じた。振り返れば、天王星が牡羊座に入った2010年以降世界は大きく変わってきた。無能なオバマ大統領によるアメリカの衰退、習近平登場による中国の大躍進。GDPで日本を超え、領土拡張の野心を全面に出して世界を跋扈している。さらに2011年に始まったシリア内戦による難民問題。ヨーロッパはこれに振り回された。日本においては安部首相の再登場により、異次元金融緩和を実施。20年以上つづいたデフレ経済の流れを止めた。さらに政府が進める観光戦略に大阪(橋下改革)がうまく乗り、アジア観光客が圧倒的に増えた。ITでもスマホが日常生活にとって当たり前の存在となり、私たちの生活スタイルを大きく変えた。

この7年で世界は大きくその姿を変えたと言っていい。もう日本がアジアの盟主だった時代は終わり、韓国・中国・台湾・東南アジアみなが対等の立場になった。彼らが発信する情報はもう発展途上国のものではなく、普通に私たちと対等のものになった(それを見越してかTVではやたら外国人ものが多くなった。Youは何にし?など)。

まるで伝統工芸で師匠から教えられたことをそのまま受け継いでいるだけの世界と同じだ。それは山羊座的な継続世界であり、進化の止まってしまった世界でもある。科学が水瓶座の世界の存在であるように、占星学も水瓶座へ移動しなければならない。そこでようやく新しい真実を見いだせるだろう。

宗教にしろ哲学にしろ占星術みたいな占いにしろ、古い継続世界から一歩も脱しようとしないものは、どんどん進化の流れから取り残される。人々の興味から遠ざかる。その先にあるのはただ化石になって過去の遺物となるだけ。生命が常に進化してきたように、知識も真実も常に進化していかなければならない。

文章を書くというのは、それだけ自分がしっかり理解していないと無理だし、調査に時間をかけることで様々な発見もある。人に伝えているようでいて実は自分のためになっている。「今日の運勢は~」とか「月が山羊座入りしました~」なんてレベルの文章じゃ、自分の実力はいつまで経ってもあがらない。そういう”悪い意味の先達”が多すぎるせいで日本の占星学レベルは低いまま。

そして、こういう正統派の記事をどんどん書いていると、いずれ「その枠から超えていかなくてはいけない時」が来る。教科書どおりの内容をしている間は、まだ本当の意味で自立していない。それは科学の研究分野を見ればわかるのではないだろうか。最先端の分野で研究している人たちは、答えがわからない中、自分で問を見つけ、自分で答えの仮定をつくり、それが正しいか目の前に起こる現象を観察する。その中から新しい真実を探している。

「新しい道を開く」とはそういうものであるはずで、その問い立ても、仮定も、答えも、誰も教えてくれない。自分で探しにいき、自分で作り出し、自分で見つけていくものなのだ。占星学の世界を見るとそういう人がほとんどいないことにむしろ驚く。

久しぶりにこの方のブログを拝見して、コツコツ記事をアップされているようで良かった。改めて読むと本当に内容が正統派で、こういう記事こそ多くの初心者に読んでもらいたいと思うほど。本来ならプロの占星家を名乗るならこのくらいのものを伝えていかなければならないのだが、有名な占星家ほど安直な占い記事に終始する。この方の爪の垢でも飲ませたいくらいだ。

・きらきら星をつかまえて
twinkleastrology.blogspot.com/

ただこういうのは大変なんだよね。この方のブログを読んでも「しっかり調査に時間をかけているんだな~」と分かるし、そういう情熱を持って書き続けられる人は滅多にいない。ブログサービスが誕生して、こういうレベルの記事を書いていた方はチラホラいた。だが長くはもたない。それよりも鑑定の方に時間をかけたり、講座の方に時間をかけたり…忙しくなってしまうのだろう。それは当然だから仕方ない。だから初心者から脱した中級者くらいの人に、こういうレベルの記事をどんどん書いてほしい。

参考書

「アイデンティティ生涯発達論の射程」
amzn.to/2GYErcB
「中年からのアイデンティティ発達の心理学」
amzn.to/2xlRw01

私たちのアイデンティティは1つではない。

・個としてのアイデンティティ
・関係性にもとづくアイデンティティ
・家庭を中心とするアイデンティティ
・職業(社会)を中心とするアイデンティティ

占星学的にはアングル方向(1・4・7・10)へ向けての表現と言えるだろうが、そういう様々にあるアイデンティティを、それぞれ成長させたり変革させたり、動的に動いていくのが人生と言えるのかもしれない。

占星学的な視点において語れるのは、そういう成長と変革の方法には惑星特有の表現(感覚)があるということ。その圧力のもとになっているのが

・土星エネルギーなら、成長はこういう表現で。変革はこういう形で。
・天王星エネルギーなら、成長はこういう表現で。変革はこういう形で。
・海王星エネルギーなら、成長はこういう表現で。変革はこういう形で。

ホロスコープを見ながらそれを理解し使いこなせば、もしかしたら少しだけラクに成長・変化していけるのかもしれない。

mstdn.jp/media/-lKc2ZKhPEe79QK

20~30歳前後、40歳前後、60歳前後。多くの人が「変革期」として体験しやすい時期。それに加えてそれぞれ個々人にとっての「変わり目」のときもあるだろう。例えば土星的テーマをいつクリアできるか?などはかなり個人的な時間差があると思われる(早くから問題と向き合ったり、そこから逃げたりする人など様々なので)。

天王星的な変化(突然の出来事・事故・ケガ・別れ・仕事上の変化など)や海王星的な変化(病気・ウツ・その他)も、それをきっかけとして自己内省→新しい自己像の発見にスッと向かう人もいれば、最初の変化はイヤイヤ受け入れてそこから先へなかなか進まず、後ろを振り返ってばかりの人もいるだろう。

1度確立されたアイデンティティが動揺し、崩壊の危機を迎え、新しく再形成するのはやはりしんどいものだ。加えて惑星に周期性があるように、土星的なエネルギーも天王星的なエネルギーも海王星的なエネルギーも、形を変え姿を変え、周期的にやってくる。その度に心に圧力を受け、自分のあり方を見直し、変化していかなくてはいけない。

惑星エネルギーを上手に扱うとは、そういう惑星特有の圧力に慣れていくことでもある。

そういう意味では、惑星エネルギーが投げかけている本質テーマとは「自己になる」「自己になっていく」というアイデンティティ論であるとも言える。自己とはその時期その年齢それぞれ表に現れるものが違うし、1つの方向性が決まってそれを目指していく「成長期」と、今までのあり方を変え新しい方向性を生み出そうとする「変革期」とに分かれる。

内惑星自体のエネルギーには変革期的なものはないと思うが、外惑星のエネルギーには成長期・変革期それぞれの表現があると思う。外惑星のトランジットであったり、外惑星のサイクルであったり。

岡本祐子氏はそういう変革(アイデンティティの再確立)の時期には、ある程度の周期的なものがあるのではないかと論じている。私もそれには賛成で「40歳になったら不惑」だとか「老人になったら達観」とかいうのは幻想(というよりは理想)でしかなく、人間はいくつになっても新しい自己像に向けて脱皮していくものではないかと。

mstdn.jp/media/WDJoliPwfZDynVd

【アイデンティティの確立と惑星】
例えば、トランジット土星がかかってきたときは「自分の苦手部分を刺激(それに伴う痛み・拒否・拒絶体験)」されたり、トランジット天王星がかかってきたときは「今までやってきたことへの気持ち離れ(飽き・別れ・終わり)」が起きたり、トランジット海王星がかかってきたときは「今までやってきたことへの迷い(空虚・無力・やる気の喪失)」に苛まれたりする。

それまで確固とした自己像を持っていた自分にとっては少なからずの衝撃で、まるで自分が否定されたような気持ちになる。だがこれらの惑星エネルギーが投げかけるテーマはむしろそれは最初の1歩でしかなく、土星的否定(拒絶)をされるから、「じゃあ私にとって本当にやりたいことってなんだろう?」と内省へ向かうし、天王星的気持ち離れが起きるから「じゃあ今までのことは整理して終わりにし、なにか新しいことに目を向けよう」と心の切り替えに向かう。海王星的迷いに落ち込むことで「自己の無力さを思い知り、それよりもっと大きなもの(運命など)に委ねよう」と大きな存在を受け入れる。

そう考えてから個人である宮川君や内田監督・井上コーチに戻ると、彼らは「自分たち個人の出来事を体験」していながら、同時に「それが世間(わたしたち)の体験」ともつながっていた。普段ならあまりこういうことは起きない。個人の体験はあくまで個人止まり。だが稀にこういう風に自分個人の体験が、そのまま社会(わたしたち)の体験とつながってしまう人がいる(もちろんそこに含まれる意味・テーマは異なるだろうが)。

それは外惑星エネルギー(あるいはそれに準ずる星座・ハウス)と共鳴している人で、芸能人・有名人・タレント・政治家・会社社長・犯罪者などによく見られる。そういう人は一時的に集団性(わたしたち)とつながってそこで何かのエネルギーを得ようとしている場合や、そもそもの資質として集団性(わたしたち)とつながれる才能=世間に影響を与えられる才能を持っている場合とがある。

そういう人にはそういう人なりのテーマが含まれているのかもしれない。

世間(わたしたち)は言葉には出さずとも無意識的に感じるそういう価値基準に照らし、怒りや称賛や様々な感情を出していると言える。それは私たちの価値観形成の場でもある。世間を騒がすニュース(それを見て世間から湧き出る感情)というのは、そういう側面もあると。

気づかないうちに自分たちの理想とするあり方には称賛を、そうでないものには怒りや軽蔑を、そうやって「どれが正しくて、どれが間違ってるか」という価値観の形成を行っている。その世間の反応が私たち1人ひとりの個人へ回収され、内なる価値基準の1つになる。

これが射手座(9ハウス)・山羊座(10ハウス)の意識領域で行われている出来事だと言える。集団性を表すこれらのエネルギーが「世間(を騒がすニュース)」という形で表に現れていると。

これを別集団と比較するとその差が浮き上がってきて面白い。例えば外国。同じ出来事(ニュース)でも日本と韓国ではまったく世間の反応が違ったりする。それはその集団で作られる価値観(価値基準)が異なるから。日本(1つの集団社会)では良くないとされる行動も、外国(別の集団社会)では良しとされる行動など。

彼ら個人への気持ちはともかく、そこには「日本人という集団組織が一体どういう価値観を大切にするか?」がはっきりと示されていたのではないだろうか。

・言い訳をしたり誰かの責任にしたりしない
・過ちを犯した時はすべて自分の不徳のせい
・本当のことを正直に話す
・誠心誠意の謝罪をする

さらに加えて

・年下(選手)は年上(監督コーチ)を敬い
・年上(監督コーチ)は年下(選手)を守り育てる
・それは上司と部下(監督とコーチ、監督コーチと選手)の関係でも同じ
・古き良き封建的社会、儒教的社会
・上の者も下の者も己を犠牲にして相手のために行動する

そういう価値観も隠れていたと思う。こういう価値観にあった行動を取っていたのが宮川君で、それに反していたのが内田監督・井上コーチだったと。

宮川君が単独で記者会見をし、監督やコーチを一切非難せず自分が悪いと謝罪したとき。あんな悪質プレーをして相手に怪我を負わせてしまった自分にもうアメフトをやる資格はないと、辞める決意を示したとき。世間はどういう思いに包まれたか。

・一切言い訳をせず
・誰の責任にもせず
・自分の未熟さ(不徳)が原因であると
・相手へ誠心誠意の謝罪をした

彼のことを「立派だ」と思ったはず。やったことは決して許されないが、その後の彼の態度がまさに世間が求める「あり方」にピッタリ合致していた。だからこの会見以降彼を責める非難のことはピタリと止んだ。

それに対して内田監督・井上コーチの

・言い訳ばかりで
・他人のせいにし
・本当のこと話さずすべて誤魔化し
・逃げて保身に走ろうとうする姿に

反吐が出るくらいの怒りが湧いた。怒りは収まらず非難轟々の嵐となった。宮川君と内田監督の態度があまりに正反対だったので、そこで浮かび上がっているものもすごく分かりやすかった。

【集団の価値観形成】
日大アメフト部問題は日本中を怒りの渦で覆っている。20歳の若者が自分の非を認め真実を話しているのに、60歳をすぎたいい老人が責任をすべて選手と部下に押し付け逃げを図っている。教育を扱う人間がそれを放棄し保身に走る姿は誰が見ても反吐が出るほどだ。

それぞれ思うところはあるだろう。占星学的にも宮川君や内田監督のホロスコープを見てその心理を調べたり、トランジットの影響を見ることもできるだろう。だがここで私が注目したいのは「世間の反応」。

最初あのタックル映像が流れた時、世間の風潮は宮川君を非難するものが多かった。とんでもない選手だと(もちろんそういうアメフトをさせている監督や日大アメフト部への非難もあった)。ああいう明らかに意図的な悪質プレーをするのはスポーツマンシップにもとるという気持ちからだろう。

それを深く掘り下げれば、そもそも日本人は卑怯さだったりズルさだったりの行動をすごく嫌がる性質が関係している。「心が汚れているからそういう卑怯な行動をするんだ」と。

mstdn.jp/media/oI6rVUiPtdIbMbE
mstdn.jp/media/KJXwq30d80X7-AU

前半の「死についての生物学的な仕組み」はとても勉強になった。無性生殖だった原核生物が、有性生殖を行う真核生物へと進化したとき、単細胞生物から多細胞生物へと変わっていくときに、それに合わせて死のプログラムが遺伝子にセットされたと。それは元来言われるような「生と死」の関係性よりも、むしろ「性と死」の関係性が死の起源だと。専門家らしくそれを分子生物学レベルで説明してくれる。

ただ後半の「死の意味について」はあまり釈然としない。それを「更新性による生の連続性の担保」と結論を出しているが、それでアポトーシスやアポビオーシスの複雑な仕組み、あるいは胎児期における死の形態性を一括りでまとめるのは少々乱暴すぎるのでは。後半部分が科学的というより宗教的な文章に感じてしまうのはそれが原因だと思う。

ただそれは著者が悪いというより、死の仕組みについての科学的解明が未成熟という点にある。この本が出版されたのが2001年なので、その後20年近くたった現在、この分野の解明がどの程度進んだのかも勉強する必要がある。とりあえず入門としては良い本だった。

mstdn.jp/media/lHCfFzxbFd63-mV

怖がっても原子力技術が私たちにとって必要不可欠な存在になっているように、デジタル化やゲノム編集技術も私たちにとって必要不可欠な存在になるだろう。そうやって無理矢理にでも私たちは進化させられるのだ。

大切なのは「その先にあるもの」に目を向けること。冥王星の破壊は創造でもある。その創造はなんなのか?私たち人類になにを成そうとしているのか?それを見失わずにいれば道を迷うことはないだろう。技術的な利益に惑わされないことだ。それは確かに私たちにとって益なるものだが、冥王星の本質はそこではない。

益や損を超えた先にある。天王星的な進化ではなく、新生命体(存在)への変容。

存在そのものを揺るがすほどの大衝撃なのだ。ゲノム編集技術は間違いなく私たちの身体を根本から変容させるだろう。さらに生命そのものも。新しい臓器を作って取り替えるなどというレベルではない。まったく新しい機能をもった生命体を生み出したり、あるいは未知の生命そのものを生み出すことも可能する。

そこまでいくと私たち人間のあり方がひっくり返る。その先にあるものはなんなのか―。おそらくそこまでいって見えてくるものがあるはずなのだ。生命とはなにか?存在とはなにか?意識とはなにか?天王星的進化ではたどり着くことのできない世界。海王星的救済では癒やされることできない世界。私たちを新生命体とも言うべき存在へ高めてくれる世界。

トランジット冥王星の影響を事細かに観察してきた方なら分かるだろう。冥王星は私たちをまったく別の存在へ変容させる。1度それを受けたらもう2度と元の存在には戻れない。天王星や海王星なら変化(進化)があってもそこには連続性がある。だが冥王星はその連続性さえも断ち切る。断ち切ってこそたどり着ける世界に導いてくれる。

冥王星の本質は「物事を根本的要素にまで分解。そこから組み換え・入れ替え・操作などを通じて新しい存在へと変容させること」にある。冥王星のキーワードとして有名な「原子力(原子爆弾)」も、核反応という物質の根本要素にまで分解させ、それを組み換え操作することで行っている。デジタルというのもそうで、情報を0と1の根本要素にまで分解させ、組み換え・入れ替え・操作(プログラミング)することでまったく新しいものへ変容させている(コンピュータ・インターネットを始めとするデジタルワールド)。

科学といえば天王星だが、天王星はそこまで劇的な変容は起こさない。あくまで今あるものを新しいレベルへ昇華(進化)することを目的とする。だが冥王星はその根本要素まで辿ることで、物事そのものの土台を揺るがす。

・原爆から始まった核技術が地球そのものを破壊できるまでになったこと
・遺伝子から始まるゲノム編集技術が生命そのものを破壊できるまでになったこと
・0と1から始まるデジタル化が生活空間そのものを破壊できるまでになったこと(仮想空間)

冥王星の破壊力は進化という話で済むレベルではないと。

メンデルの「遺伝の法則」から始まった遺伝学の歴史をなぞると以下のようになる。

・1869年 フリードリッヒ・ミーシェルが膿の細胞抽出液からDNAを発見
・1889年 リヒャルト・アルトマンがきちんとした形でDNA(核酸)を抽出
・1903年 ウォルター・S・サットンが遺伝子が染色体上にあることを提唱
・1929年 レヴィンが核酸にはDNA(デオキシリボ核酸)とRNA(リボ核酸)があることを発見
・1953年 ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックによってDNAの二重らせん構造のモデルが提示

この「DNAの二重らせん構造モデル」が集大成的結果となり、これ以降人類は生命の設計図理解へ邁進していくわけだ。それは1930年の冥王星発見と時期を同じくする。