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とりあえず雨ざらしで置かれてた杉材をちょっと風に当てて乾かしている。

やっぱりドア周りは石膏ボード切るの面倒だからコンパネかベニヤにしよう。

全部は車に載らんので、とりあえず骨組みの2x4など買ってきた。石膏ボードのカットはホームセンターでやってくれないようなので自分でカッターで切らなあかん。

今日から室内の隔壁製作に入る。ホームセンター開いたら買い出し。

ベランダでカワセミさんがお亡くなりになってた。窓に激突しちゃったのかな。丁重に埋葬した。

mstdn.jp/media/4tNX4t_gsrLUf56

現実の世の中にそういう「偽装」が溢れてるからなんだろうけど。。

「楽しい」とか「幸せ」と口にするとすぐに「そんなはずはない」「それは偽装だ」という感情が返ってくるのもなんだかなあと思う。

私もずっと人生は私怨晴らしと思ってたやってきたところがあるけど、最近正直「復讐」もひと通り済んだしもうええかなという心境なんだよなあ。まあ自分の気が済んだから他の人に「復讐なんてくだらないからやめなさい」と言うつもりもないけどね。

子どもが実業を目にする機会も減ってるしな。そら「なりたい職業ユーチューバー」ってなるわな。

まあ、身近で実業やってる人がとことんかっこ悪くなっちゃったのも問題なんだけども。

「虚業」のひとを食わせるには、たくさんの人たちが生産しないといかんわけだが、虚業のほうがかっこよくて儲かるなら、みんなそっちがいいってなるよね。だからこういう仕事は簡単にだれにでもできると思わせちゃいかんのだ。

ちょっとした承認欲求を満足させる程度の事なら今はネットというところにいくらでもポエムの発表の場があるのだから、みんな実業をやりながら兼業アーティスト風味でたのしくやろう。

こんなに傷つきやすい世の中で、子供の頃にいじめられたとか孤独だったというぐらいでみんな小説家とか「表現者」だとかにならないと救われないんじゃ、実業をする人が誰もいなくなるじゃないか。

社会的にダメであることを自尊心で補完しようとしてもだいたい失敗するので、それよりは単純に少しでも役に立てる場所をみつけたほうがいい。

私がダメ人間なのは、社会的に「ダメ」なことの結果なのであって、私が特別な存在であることの証でもなんでもないし、それでいい。

私が集団行動が苦手だったり会社組織のようなところでうまくやれないのは、ただ私にそういう能力が欠けているからであって、それをとりたてて個性だとかいう必要もないし、ただそれでも仕事をして生きていける別の選択肢があればいいのだ。

その人が特別だったりかけがえのない存在だったりするのは他人との相対的な関係があるからで、生まれつき自分は(絶対的に)特別な存在なんだという無根拠な自尊心を植え付けたりするのもおかしな話だ。

個人の性質なんてしょせん模倣の積み上げに過ぎないのに。

「ひとりひとりの個性がいちばん大事」という世の中ではどんな平凡な人でもいちいちキャラ付けに他人との差別化を求められるので、ただ未熟や無知の結果でしかない振る舞いにさえ「個性」という称号が与えられたりするので、ときどき無性にバカバカしくなる。

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