[終わりなく続く世界]
続く世界では、ちゃんと整理しようがない。どうしようもないと諦めかけていますよ(笑)。

マストドンも、twitterと同様に終わりなく延々と続く世界なので、やっているうちに「ああ、どこに何を書いたのか?」と、過去ログは整理されることなく忘却の彼方へと流れ去ってしまうのでしょう。

ところで、
全体像が決まるから、「いいね★」を決められる(と、書きました)。

同様に見出しも、
全体像が決まるから、最適な見出しが確定する。なので私たちは、それまでは通し番号とか日付を、一時的に見出しの代わりにします。

文字による見出しが決まらないのなら、絵による見出し絵だって決まらないのですが、なんだか嫌~な気分になるので、あんまり突き詰めたくない。しかし、続く世界では簡略化などできず、見たまんまの写真のような絵になるのです。
(文字による見たまんまは、要約文)

どうにもこうにも、ちゃんと書きようがない。だから「こんにちは」と挨拶程度の1行で済ませてしまうのは、ある意味、正しいと思いますが、

それでも書こうとするのは、乗れない自転車に乗ろうと、転び続けるのとどこか似ている。終

[続く世界2]
twitterは、終わりなく続いていくので、ちゃんとした読み物にはならない。そう断言してもいいし、おそらく誰も反論しないでしょう。
なのでマストドンについても、あんまり夢を抱かないようにして始めました。へへへ

twitterが140字しか書けないのに対し、マストドンは500字も入るのですが、どうなんでしょう。運命的には、どちらも不運な結末が待っている気がします。140字も500字も、たいして違わない。

ただし500字は、参加者の心理的なハードルが高いなあと感じます。140字なら気軽に書けても、500字となると躊躇(ためら)ってしまう。
なので、一言二言で1回分の投稿を済ませてしまうのも、戦略として有りだと思います。どうせ500字を埋めたって、グチャグチャになるし、周囲の人たちから「なげーよ(長いよ)」と嫌われるのだから、短く済ませるのは賢い選択です。

私も短くしていい。ただ、もしも文筆業の立場なら、埋めないわけにはいかない。いつか電子書籍の1冊でも出してみたいと思っているので、埋める主義でやる。

文字を埋めてるか埋めてないかでは、140字って目立たなくていい。終

[続く世界3]
出来る・出来ない

自転車は、乗れるか乗れないかがハッキリする乗り物です。しかも、どうすれば乗れるようになるのか解らない。合格への道筋がマニュアル化されていない。
じゃあ、滅茶苦茶に難しいか?というと、それほどでもない。乗れる人はざらにいて、むしろ乗れない人を見つけるのが難しいくらいです。難易度としては、そんなに高くない。

しかしですね、乗れない子供にとっては、どうすれば乗れるようになるのか謎なんです。全く見当がつかない。ただただ途方に暮れる。誰に訊(たず)ねても、「慣れだよ」という同じアドバイスが返ってくるだけです。

乗れるようになるための唯一の方法は、「乗れない」のを延々とやり続けるしかない。……とても変な世界というか、理不尽な道のりです。

出来るようになるためには、「こうすれば出来るようになる」という小さなプラス要素を、少しずつ積み上げていき、ある分量に達すると合格になるものではないか。今までは、それでやってきたのに……と、子供といえども、そのくらいのことは感じた。

自転車と比べて、文章や絵や漫画はどうかというと、出来る・出来ないが微妙な世界なんですね。終

[続く世界4]
自転車に乗れるようになるための練習は、実際に自転車に乗れるようになったら終わる。
当たり前といえば当たり前なんですが、漫画家の中には、登場人物が乗れるようになると困る人もいる。「ドラえもん」の主人公のび太は、どうやっても自転車に乗れないし泳げない。
なんか変な世界だなとは思いますが、そういうものなんだと納得するしかない。

ちゃんとした読み物を「終わって完結するものだ」と定義するならば、延々と続くブログやtwitterでは、ちゃんとした読み物にはならない。なるはずがない。
もしもブログやtwitterで出来上がったなら、ブログやtwitterも終えなければならい。

しかしながら、終わりなく延々と続く猫ブログが、ちゃんとした漫画単行本になり、アニメ化までされるのだから、何が正しいのか私には解らない。

文章や絵や漫画は、自転車に比べて、出来る・出来ないがハッキリしない。終わりというのも判断の基準になりそうもない。

プロの作家・漫画家は売り上げ実績で、有名人は人気・知名度などで、何となく正しさの裏付けが確保できますが、そうでない無名人は何を基準にすればいいのかで悩む。終

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[続く世界5]
文字数

まだ私はマストドンを始めたばかりなのに、「どうせ、また駄目だろう」と決めつけている。

なんというか、自分自身に対しても、書く営みに対しても、成功体験が全く無い。長い長いトンネルの中を進んでいるような感じです。

なぜ駄目なのか、何をどうすればいいのかも見当がつかない。だから、こんなふうな結論まで出すようになりました。つまり、

・ネットでは、誰がやっても、ちゃんとした物にはならない
・無限に書き続けるのは、要するに「ゼロ」と同じ
……だと。

「そんなに悲観的な考えなら、マストドンなんて、やらなくてもいいじゃないか!」
となるのですが、なぜやるのか?
……う~ん、どうしてなんでしょうねぇ。

今のところ「500字まで」という字数制限に、何となく惹(ひ)かれるから。
twitterは140字までとはいえ、4連続で投稿すれば560字になるし、今はスレッドで結(むす)ぶという便利な機能まである。だからtwitterで一向に構わないし、マストドン拘(こだわ)ることもない。なのに、なぜ500字なのか?

字数が自由なブログなどを読むと、ダラ~ッとした感じがするから。終

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