さて、そこでもう一歩、ここはしつこく、オリジナル(機械の欠陥、不良箇所)としての語源を追及してみることにしよう。いろいろひっくり返してみたところ、I Hear America Talking(A Touchstone Books)というこの種の話題にめっぽう強い本に、核心的ともいえる記述を見つけた。それは、第二次大戦ごろに軍隊で使われだしたグレムリン(gremlin)という単語の説明の中に登場する。つまり、

となっている。つまり、コンピュータだけではなくて、テレビの中にもバグはいたということなのだ。とすると、先ほどのEncyclopedia of Computer Science and Engineeringの「電子機器で使われていた言葉がプログラムについても使われるようになった」という説明と符節が合ってしまう。

 そこで、『新英和大辞典』(研究社)を引いてみることにした。すると、もちろん「虫」という意味もあるし、ほかのいろんな意味に混じって「コンピュータのプログラムの誤り」というのも出ている。そして、アメリカの口語として「機械の欠陥、不良箇所」というのがちゃんと載っているではないか! 用例は、

 たしかに、第二次大戦中、つまりENIACの時代なのだが、真空管に集まる虫を捕ることからきたというのとは少々異なっている。初期のコンピュータのプログラマはハードウェアの担当者でもあったために、本来電子機器のテストなどで使われる用語が、そのまま使われるようになったというニュアンスだ。コンピュータ用語という限られた範疇のものではないということなのか。

The term arose during World War II, in connection with electronic testing, as an outgrowth of “debug” which was a synonym for “troubleshoot.” The earliest computer programmers, who were frequently the designers and builders of the computers, transferred the term to its present usage.

 それでも1つだけ、Encyclopedia of Computer Science and Engineering(Van Nostrand Reinhold Company)におもしろい記述を発見した。次の部分だ。

 アメリカのコンピュータ事典では、Computer Dictionary(Howard W. Sams & Co.,Inc)、Barnes & Noble Thesaurus of Computer Science(Barnes & Noble Books)といったところを調べてみた。しかし、どれも日本のほとんどのコンピュータ事典と同様、実にまじめにバグとはどのようなものかを説明してくれているだけだ。やはり、辞書でそこまで知ろうというのが虫のいい話なのか?

 いろいろと人に聞いてみると「うーん。そういう話、聞いたことありますねぇ」などという真顔な返事もあったりする。実は、ENIAC説もそれなりに有名なのだが、このUNIVAC I説もある程度の支持を集めていることが分かってきた。

 今度は内部を飛び回ってショートしたのではなくて、くいしんぼうのイモ虫くんよろしくムシャムシャとケーブルを食べたというのだ。UNIVAC Iのケーブルというのは、一体どんな美味しいもので作られていたのだろうか。これは、『チップに組み込め!』のENIAC説とは真っ向から食い違った内容といってよいだろう。

 とはいったものの、これといった見当があるわけでもない。そこで、辞書や参考書のたぐいを、いろいろとひもといてみることにした。しかし、その語源までとなると、あまりピリッとした解答は得られない。それでも『総合コンピュータ辞典』(共立出版)に、バグという用語とはまったく関係ないところでバグの語源について触れられている部分があることが分かった。本物のコボルのおばちゃまことGrace Murray Hopper女史が「虫がUNIVAC Iのケーブルを食べていたことからそう呼び始めた」と主張しているというのだ。

 だいたい、この『チップに組み込め!』という本は、集積回路の発案・開発者(ジャック・ギルビーとロバート・ノイス)についてのノンフィクションである。このくだりはモノシリック・アイデアと呼ばれる現在の集積回路の基盤となる思想がインスピレーションされるまでの説明の部分であり、1万8000本の真空管を擁したENIACには分が悪い。アメリカ陸軍がENIACを借りて弾道計算に使ったというのは、あまりにも有名な話だし、その真空管が次から次へと切れてしまい往生したというのも伝説的となっている。しかし、だからといって、虫が寄ってきてそれを取るのがデバッグだなんて! そんなことなら、直径1メートルの巨大な誘蛾灯なり、大量の殺虫剤散布なり、窓という窓を網戸で被うなりで十分対応できたはずではないかっ。

 お分かりのとおり、これは最初の汎用デジタルコンピュータとされるペンシルベニア大学のENIACの動作状況を説明したものだ。「なーんだ、これは面白いや」ということもできると思うが、本物のENIACが動作しているところを見たという人にはめったにお目にかかれないし、これは少々できすぎた話ではないかというのが、私の見解である。

…また真空管の熱とほのかな光にひかれて虫の群が集まってきた。これが「ENIAC」の内部を飛びまわっては回路をショートさせた。それ以来、コンピュータ・プログラムの誤りを取り除くことを「デバッギング(=虫とり)」と言うようになったのである。

 さて、どうしてこんな話を始めたのかというと、この「バグ」という、ふだん何気なく使っている言葉の語源について知りたかったからだ。なんとなれば、その語源について『チップに組み込め!』(T. R. Reid著、鈴木主税/石川渉訳、草思社)という本に次のようなくだりがあるからだ。

 実は、バグは、ほかならぬプログラマ自身によって無意識のうちに生み出されたもので、プログラマにとっては、プログラマの分身ともいえなくもない。

 あるいはまた、バグは“発見”されることで、いくばくかの“かわいらしさ”を持っている場合がある。最初は、“悪戯”の痕跡が発見され、次にバグの本人(?)が発見されることが多い。発見されたときに食事中であったり、セッセと活動中に「おいおい」と声を掛けると、ヒッと肩をすくめながら振り返ることもある。

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