わたしの事を、嫌いになった?艶やかな黒髪を几帳面に編み上げた後姿に、わたしは声もなく問うています。今朝まだよく目もあかないうちに、洗濯するから着替えてちょうだい、とわたしの寝間着を取り上げて、それきり話していないのです。昨日の真夜中、わたしはふと、あなたの手をとってどこか外に出てゆきたい、そんな気持ちが抑えられなくなったのです。星が見たいなどと出鱈目な我儘を押し付けて、ちいさな寮の部屋を抜け出して、夏の夜の温い空気、裏庭のやわらかな草、星などひとつも目に入らない、わたしに見えたのはあなたのしろい肌だけ。あれは、口に出してはいけないことだったのでしょう。わたしの事を、嫌いになった?いつだって背すじの伸びた美しい背中、昨日わたしの腕の中にあったその総てに、そんな一言も、かける勇気がありません。わたしは穢い、穢いいきものになってしまったのです。
全寮制女子音楽学校の生徒たるわたしは、先程洗ったばかりの2枚の寝間着を干し終えて、他のクラスメイトがこれを見たとき、どのように言い訳するかを考えているのです。わたしたちは昨日の夜、寮の裏庭で、密かに誓い合いました。引き合うように触れ合った肌、草と土の匂い、星よりも近く、彼女の目。あの言葉は、たしかに嘘偽りないものでした。まだ半分微睡んでいた彼女の蕩けるような微笑みと、昨日とは違う「おはよう」がこわくて、半ば奪い取るように寝間着を剥いで、わたしは出てきてしまったのです。ああ、このようなこと、お母様への手紙にはとても書けません。昨晩の記憶、この胸から溢れ出づるあまく痛いもの、わたしはその名を知りません。まだ乾かない彼女の寝間着、眩しいほどの白さ。それは目を閉じても瞼の裏にするりと滑りこみ、わたしの醜いこころに、ひどく優しく触れてくるのです。
全寮制女子音楽学校の生徒たるわたしは、なぜか今、外にいるのです。というのも、ルームメイトが突然、星を見たいと言い出したからなのです。幸か不幸かわたしたちの部屋は1階で、庭に面していますので、寝間着のまま、そうっと窓から出てきたのです。裸足に上履きを履いて、他の窓から見えないように、わたしたちは1匹の黒猫みたいにくっついて丸まって、寮の裏庭まで歩いてきました。見つかったら、ずいぶん怒られるでしょうね。彼女が笑います。貴女が言い出したのでしょう!と言おうとした唇が、優しく塞がれます。大きな声を出しては、誰かに聞こえるわ。草の上に仰向けになると、星がこちらを見ています。柔らかな薄茶の髪に首や胸元のあたりをくすぐられ、わたしはすこし身をかたくしました。明日の朝は、土で汚れた寝間着を洗わなくてはなりません。誰にも見つからないように。誰にも、見つからない、ように。
マストドンの皆様、ごきげんよう。