反応見てどうするか決めようかと。
自分を憶えてくれてる人はまだいるのかな?

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「うまくいかなかった時の暫定処置も考えておく」無急勝而忘敗

勝に急して敗を忘るるなかれ
―無急勝而忘敗―

[原文](荀子 議兵篇)
無急勝而忘敗。

[書き下し文]
勝に急して敗を忘るるなかれ。

[原文の語訳]
敵に勝つことばかりを急いで、敗れることを忘れてはいけない。

[解釈]
用意があれば、仮に敗れても、損害を最小限にくいとめることができます
「負けるなんて最初から考えるな」といわれそうですが、「負けにつながるミス」はあるものです。そこでどれだけミスを犯さないか、うまくリカバリーできるかを考えておくことも同じ意味だと思います。
結果を急ぐあまり調査や分析が不十分となり、わずかなミスが大きな痛手とならないようにいくつかのケース、選択肢を用意して挑むようにしましょう。
お客さんがたくさん入って盛況で、間に合わないからといって作り溜めをしておいたら急にお客さんが引いてしまって「さてどうしよう」となったり。

「効率的に問題解決したり結果を出せるように」百戦百勝、非善之善者也

百戦百勝は善の善なるものに非ず
―百戦百勝、非善之善者也―

[原文](孫子 謀攻篇)
百戦百勝、非善之善者也

[書き下し文]
百戦百勝は善の善なる者にあらざるなり

[原文の語訳]
百戦百勝というのは最善ではなく、戦わずに敵を屈服させるのが最善の策である

[解釈]
百回戦って百回勝ったとしても、最善の策とは言えません。
兵や武力を用いた戦いは、どんなことをしても必ず味方にも損害がでるので、たとえ勝ったとしても最善策とは言えないのです
そもそも戦いそのものは目的ではなく手段です。ですから戦わずに目的を達成するのが最優先なのです。
こちらから営業に出るばかりではなく、先方から引き合いが来る方がいいのです
ドラッガーもマーケティングとは余計なセールスを不要にすること、「マーケティングは営業活動がなくても自然に売れるようにすることが目的」と。マーケティングを強化すれば無駄なセールスは必要なくなると言っています
利益を上げるために営業力増強にと営業マンを増やす人海戦術に走ったら人件費が増加して減益となったなど本末転倒です

「まず信頼を得ることから」君者舟也、庶人者水也

君は船なり、庶人は水なり
―君者舟也、庶人者水也―

[原文](荀子 王制編第九)
君者舟也、庶人者水也

[書き下し文]
君(きみ)は船なり、庶人(しょじん)は水なり

[原文の語訳]
君は舟であり。人民大衆は水である

[解釈]
舟が水しだいで安定もするし転覆もするように、君主の座も人民の出方しだいで安定もし転覆もする。
使う者は、使われる者の信頼があってこそその地位に留まることができる。
周りの人々の理解や協力を得られなければ、リーダーとして何事も進めることができない。そのためにはまず信頼を得ることからしなくてはいけない。
「水」は中国古典では柔軟でかつ非常に強い力をもつ代名詞となっています。ここでは政権交代が良い例と考えます。
メディアが(扇動して)水路(世論)を屈折させると、水の流れがおかしくなり、船が安定を保てず転覆する例も多い気がします。

「いつも心を落ち着かせて客観的視点で冷静に」人莫鑑於流水、而鑑於止水

人は流水に鑑みるなくして、止水に鑑みる
―人莫鑑於流水、而鑑於止水―

[原文](荘子 内篇 徳充符篇 第五)
人莫鑑於流水、而鑑於止水

[書き下し文]
人は流水に鑑(かんが)みるなくして止水(しすい)に鑑みる

[原文の語訳]
人は誰も流れる水に真影(実物そのままの姿)が映らないから鑑とはしないで静止した水に自分を映してみる

[解釈]
明鏡止水
動揺している時は心を落ち着かせて冷静に。客観的視点で。
定点観測することで見えてくること、違いに気づけることがあります。
情報が氾濫する現代、情報に流されることないように自分のアンテナをきちんと立てておきましょう。
波静かな湖でさえ、水辺を覗きこむと、わずかな波風でも自分の顔が歪んでしまいますが、そんな時でも遠く湖全体を見れば湖面に映る景色はそんなに歪んでは見えないものです。全体・大局観を見る余裕を持ちましょう。

「石橋を叩いて渡る。も寛容に評価を」慮事深遠、則近於迂矣

事を慮ること深遠なれば、則ち迂に近し
―慮事深遠、則近於迂矣―

[原文](宋名臣言行録)
慮事深遠、則近於迂矣

[書き下し文]
事を慮(おもんばか)ること深遠(しんえん)なれば、則ち迂(う)に近し

[原文の語訳]
深謀遠慮な人は迂闊に近い

[解釈]
事にあたってあまりに深く考えを凝らすと思考が鈍くに受け取られる。しかし、そこに深謀遠慮があるので、実際に事にあたるときは恐れずに挑むことができる。
一見すると理解し難い言動でも、それは自分の合理化という安直な物差しで推し量っているだけかもしれません。正しい言動での過程であれば、枠を外して長所として評価してあげましょう。
トヨタのカイゼンも、日々の試行錯誤の上で行われています。これも「考えながら実践しながら結果を出している」という意味では似ているかも。
一方で、そう評価してもらう側だったとしても、あまりに考えすぎると自分の中で「明極まれば、則ち察に疑い多し」となってしまう場合もあります。急がば回れとも言いますが、石橋を叩いて壊さないように気をつけないと。

「地位や肩書に関係なくいつも謙虚に」善用人者爲之下

善く人を用うる者はこれが下となる
―善用人者爲之下―

[原文](老子 下編 第六十八章)
善用人者爲之下。

[書き下し文]
善く人を用うる者は之が下と為なる。

[原文の語訳]
人使いが上手な人は人に対して謙虚にする。

[解釈]
自分が上位であっても、相手を活かすことで自分も活かされる。
大勢の人に動いてもらおうと思うならば、指示するだけでなく自分が底辺で動くように心がけて根回し上手になる。
共同で何かを行う場合も、メンバー同士で手柄を取りあおうとはせず、相手に手柄を立てさせてあげる気持ちをもち、自分は脇役・黒子など目立たないよう心がけると、目的を順調に達成するだけではなく、「人を活かして成長させる」自身のリーダー力向上にも繋がりそうです。
「組織の中で最も劣っているのは自分である」と、どんな地位にいても思っていれば、謙虚にもなれるし、争いをしても負けるからしないという考え方になっていくと思います。ただそこで卑屈になったりネガティブ思考になるのではなく、向上心への糧にしていかなければいけないですね。

「欲望を減らして人として成長しよう」養心莫善於寡欲

心を養うは寡欲より善きはなし
―養心莫善於寡欲―

[原文](孟子)
養心莫善於寡欲

[書き下し文]
心を養うは寡欲より善きは莫し

[原文の語訳]
心を成長させるのには、欲望を少なくするのが最上の方法である

[解釈]
あれこれと欲に引かれると心が台無しになる。欲望を減らして人として成長しよう。
自己中心的な考えは人間関係を崩壊させる。
職場などでも「待遇を良くしてほしい」「出世したい」というような欲を強く抱えていると、職場に不満をもったり、同僚でさえ出世の邪魔だと思えてしまう。そうすると人間関係にも疲れてきそうです。確かに欲がないと仕事に精が出ないかもしれませんが、あまりに強くては逆効果になってしまいそうです。
「欲望を減らす」と言ってもゼロまでしてしまうと無機質な人間になってしまい、人間味が失われてしまう気がします。なので欲望にも優先順位をつけて「(順位の低い)無駄な欲望は捨てる」という謙虚な考え方が良いのかもしれません。

「自分の利益のためにしか動いていないか」細人之愛人也以姑息

細人の人を愛するや姑息を以ってす
―細人之愛人也以姑息―

[原文](礼記 檀弓上)
細人之愛人也以姑息。

[書き下し文]
細人(さいじん)の人を愛するや姑息を以ってす。

[原文の語訳]
小人は目さきだけの感情で人を愛する。

[解釈]
できる人は他人のために自分の徳を用いて全身全霊をもって尽くすが、つまらない人間は間に合わせ程度にしかその人のために尽くさない。
自分の欲望を基準にしてしか人のために動かない
実業家の経営の根底によく出てくる「社会貢献」という考え方も、世のため人のため、社会のために精進努力をする(他利・利他)ことが、そのまま自利すなわち本当の自分の喜びであり幸福となる(→情けは人のためならず)。それに気づけば人は心からの生き甲斐を感じることにつながる。目先の自分の利益のためだけにしか考えないようでは、そこにたどり着くことはできないでしょう。

「反対を無視した独断専行になっていないか」衆怒難犯、専欲難成

衆怒は犯し難く、専欲は成り難し
―衆怒難犯、専欲難成―

[原文](春秋左氏伝/左伝 嚢公十年)
衆怒難犯、專欲難成

[書き下し文]
衆の怒りは犯し難く、欲を專らにすれば成り難し

[原文の語訳]
諸役人や国民が怒り出したら大変な結果になります

[解釈]
反対多数を押し切って自分の欲求を満たそうとするとろくなことがない
反対多数の中で事を成すことは混乱を招き、しっぺ返しがくる。消費税を導入した時が典型的な例かもしれません。
組織内でもトップダウンであれこれ自分勝手気な方針を次々と打ち出していると、そのうち不満が爆発してクーデターが起きて突然解任なんてことも。
一方でそれが「道を正すための最善の策」だとしても、あまりに突発過ぎたり、内容が過激だと拒絶反応が出る場合があります。原文はそれを諌めたもの。猪突猛進・直球勝負だけでなく懐柔作戦も必要。
事を起すときには見えない不満分子にも気を配り、独断専行になっていないか常に自省するように心がける。

「万全を期して」 疑謀は成すなかれ

疑謀は成すなかれ
―疑謀勿成―

[原文](書経 大禹謨)
疑謀勿成。

[書き下し文]
疑謀成す勿かれ。

[原文の語訳]
はかりごとに、まだいくらかでも疑問があるならば実行してはいけない。

[解釈]
少しでも不安点や疑問点がある場合は実行すべきではない。「万全を期す」という意味合いですが、「拙速は巧遅に勝る」と矛盾している面があるのではないかとも。この場合、対象となる事項の重大さに比例させるべきかもしれません。存続のかかる一大プロジェクトなのか、まずは相手より先手を打つべきなのか。
何かを始めるときでなくても、例えば失敗をした時にトヨタでは「5回のなぜ」で同じ失敗を繰り返さないように原因を追及するというのがあり、通じるものがあるかと。
客観的視点と先見性からの分析力と危機管理能力、その思考結果に対する自己抑止力と決断力・実行力を説いたもの
昨今の尊い命が奪われた火山噴火に伴って、噴火の可能性がある山に登る時の対策を専門家に訊ねたところ「山に登らないことです」とコメントが返ってきたそうです。至極まっとうな見解だと思います。

「自分のことを棚に上げていないか」 言は行を顧み、行は言を顧む

言は行を顧(かえり)み、行は言を顧む
―言顧行、行顧言―

[原文](中庸)
言顧行、行顧言

[書き下し文]
言は行いを顧み(かえりみ)、行いは言を顧みる

[解釈]
君子とは日常的な徳を実践して、日常的な言葉を謹み、徳に及ばない所があれば、それを補おうとして必ず努力するものである。言葉が過剰であれば敢えて言い尽くさず、言葉は自分の行いを振り返ってから話し、行動は自分の言葉を振り返ってから行う、そのような君子がどうして篤実・誠実ではないなどと言えるだろうか。
話をするときは自分のことを棚に上げていないか、大風呂敷を広げていたり、話が飛躍過ぎていないか、常に意識するようにすれば、余計なことは言えなくなる。
経験談や経験知は人に話しても説得力がある。
人に言う前に自分はきちんとやっているか?その行動は言ったことと食い違ってないか?言動が矛盾していては説得力もなければ信用も得られない。→言行一致
目先の利益を得ようがために自分のキャパを超えて「やりますやります」と安請け合いして、後から悲鳴を上げていては信用も得られない。

「最高のコンビ相手を探そう」 二人心を同じうすれば、その利、金を断つ

二人心を同じうすれば、その利、金を断つ
―二人同人、其利断金―

[原文](易経)
二人同心、其利断金

[書き下し文]
二人心を同じくすれば、その利(するど)きこと金を断(た)つ。

[解釈]
経歴ややり方が違っても、心を同じくした人と組めば百人力。他を魅了する。
阿吽の呼吸でいけば、コトはスムーズに進み、その様子はまるで堅い金属をも断ち切れる鋭さをもっている。また、お互いの 足りない部分を補いあう ことで短所を埋めて長所を伸ばすとともに、凸凹が噛み合って強い関係にしていくこともできる。
「二人同心、其利断金 」は野球でのバッテリー、続く「同心之言、其臭如蘭」は対談や漫才での掛け合いで例えることができそうです。
ソニーの井深大氏と盛田昭夫氏、ホンダの本田宗一郎氏と藤沢武夫氏などがそう。
同性でも異性でも関係なく、公私ともに最高のコンビ相手を探そう。その相手はいつどこで出会えるかわかりません。

「シンプルに考えて即決しよう」 明極まれば、則ち察に疑い多し

明極まれば、則ち察に疑い多し
―明極則過察而多疑―

[原文](近思録)
明極則過察而多疑。

[書き下し文]
明(めい)極まれば、則ち察に疑い多し。

[解釈]
シンプルに考えて即決しよう
何も考えないで行動するのもよくないが、いろいろ考えすぎると不安要素が沢山出てきて決断できなくなる。
できる人は思いついたり気づいたことはまずやってみることがカギといっています。悩むことで遅れをとったり、結局しないままであとから後悔するくらいだったら、まず一歩踏み出してみて、それから考えるという積極性が必要なようです。
ここにも「考え込む」ことに対する過ぎたるは猶及ばざるが如しの様子が含まれていますね。

「最後まで気を抜かない」山を為ること九仞、功を一簣に虧く

山を為(つく)ること九仞(きゅうじん)、功(こう)を一簣(いっき)に虧(か)
―為山九仞、功虧一簣―

[原文](書経 周書・旅獒)
爲山九仞、功虧一簣。

[書き下し文]
山を為(つく)ること九仞(きゅうじん)、功一簣(こういっき)に虧(か)く。

[解釈]
些細な事でも最後まで気を抜かない。小さな気の緩みが大きな失態を招くことも→小事は大事
勝利を確信しても気を緩めない、野球はツーアウトからが典型的な例。
人にコトを頼んだら、任せっきりにしないで、途中経過をフォローしながら最後まで見届けることで、きちんと完了したかどうか確認する。

「目は口ほどにモノを言う」人を存るものは眸子より良きはなし

人を存(み)るものは眸子(ぼうし)より良きはなし
―存乎人者、莫良於眸子―

[原文](孟子 離婁章句上15)
存乎人者、莫良於眸子

[書き下し文]
孟子曰く、人に存するは、眸子(ぼうし)より良きは莫し。眸子は其の惡を掩うこと能わず。胸中正しきときは、則ち眸子瞭焉たり。胸中正しからざるときは、則ち眸子子[目毛※]焉(ぼうえん)たり。其の言を聽き、其の眸子を觀ば、人焉んぞ痩(かく)さんや、と。

[解釈]
目は口ほどにモノを言うことを意識して。話を聞くとともにその相手の目も見て、その言葉に偽りがないか観察するように。
まぁ言葉だけじゃなく目を見ることも大事ですが、普段から言動も注視したり見守ったりする観察力が必要です。
親子でもそうですし、職場でも部下を持つようになると、自分の話をきちんと聞いて、ちゃんと理解しているか、他事を考えていないかを聞く姿勢を注視することが必要になってきますもんね。

「充分に準備を整え、好機が訪れたらすぐに行動を起こそう」備えを以って時を待ち、時を以って事を興す

備えを以って時を待ち、時を以って事を興す
―以備待時、以時興事―

[原文](管子)
以備待時、以時興事

[書き下し文]
備を為して時を待つ、時至れば事を興す

[解釈]
充分に準備を整え、好機が訪れたらすぐに行動を起こそうという下積みの大事さとともに、一方で準備が充分にできていても、タイミングがあわなければ出来るものも出来なくなるという我慢の大事さも。
「準備・実行・後始末」をサイクル(円)にして、その円を徐々に大きくしていけばとてつもなく大きなものになる。サイクルだから後始末は次の準備に繋がっているので「小さなことの積み重ね」「終わりは次の始まり」「次に繋がるような負け方」などにも通じると考えます。
現代だと、例えば陸上種目でジャンプを必要とする時には膝を曲げる準備と踏み切るタイミングがあわなければ記録は伸びないし、町工場でも厳しい時期に我慢しながら培っていた技術が、新たな需要で陽の目をみることになることも多々ありますし。

「臨機応変に対応し、自分の非は認めて直ちに改める」君子は豹変す

君子は豹変す
―君子豹變―

[原文](易経)
上六、君子豹變、小人革面。征凶、居貞吉。

[書き下し文]
上六は君子の豹の如く変じて、小人従がう、征くは凶なれども、貞しきに居れば吉なり。

[解釈]
できる人は臨機応変に対応し、自分の非は認めて直ちに改めるが、できない人は、その時は表面上だけ非を認めるが改めることはしない。→たとえ苦言・諫言でも聞き入れることができるかどうか
改めることがすぐにできない人に対して、積極的に変えさせようすることはできなくても、やがて自分に感化させて正しく改めさせることができる。→親を見て子は育つ

「何事もほどほどがいい」敖不可長、欲不可従

敖は長ずべからず、欲は従にすべからず
―敖不可長、欲不可従―

[原文](礼記 曲禮上)
敖不可長、欲不可従。志不可満、楽不可極。

[書き下し文]
敖(おごり)は長ずべからず、欲は従(ほしいまま)にすべからず。志は満たすべからず、楽しみは極むべからず。

[原文の語訳]
おごりは増長させてはいけない、欲望は欲しいままにしてはいけない。志は満足させてはいけない、楽しみは極めつくしてはいけない

[解釈]
何事もほどほどがいいということです。
自分の実力を過信して、自分勝手になったり傍若無人ぶりな振る舞い、相手を見下すような傲慢さが度を超えてはいけません。
欲望のままに言動をするのもいいけれど、過度だったり際限ない要求は相手や周辺の迷惑になる中庸的な考え方です。個人的に「○○すぎる△△」というフレーズは「過ぎたるは猶及ばざるが如し」と皮肉ってると捉えています。
自分の理想だけを追求し、意見する者は排除し、イエスマンだけを手元に置くトップには困りものです。

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