neue etc boosted

そして…まんまとお迎えしてしまいましたよ…。

物販には人々がわんさか押し寄せてた。

Show thread
neue etc boosted

太陽の塔、10年くらい前に青山の岡本太郎記念館で買ったキーホルダーがずっと通勤リュックにぶら下がっている。塗装も剥げてきてるけど頑丈。

今日の展示で、あらためて太陽の塔のすごさを認識した気がする。
ようやく歩けるようになったくらいの頃、丹下健三の屋根がまだ残ってる太陽の塔を背景に母と写っている写真がある。
十数年前、大人になってはじめて万博公園へ出かけて太陽の塔を観た。間近での大きさに圧倒され、また黒い太陽の異様さに畏れすら感じた。
それらのことを思い出しながら今日観ていた。

生命の樹も観てみたいし、民博にもまたぜひ行きたいなぁ。

Show thread
neue etc boosted

「新TV見仏記 広島 鞆の浦編」でいとうせいこうが不意に「小学生のときにこんな友達がいたらよかったなぁ」と。
みうらじゅんは即座に「そんなの最高に決まってるじゃん!」このくだりで泣いた。

Show thread

「九月も末のころで、秋分前後に特有の暴風雨が、例年以上に激しく荒れ狂っていた。一日じゅう、風が金切り声をあげて吹き荒れ、雨は荒々しく窓をたたき、そのため、このロンドンという人工都市の中心にいてさえも、心はしばしば日常の出来事を離れてさまよいだし、強大な自然の力が、檻にとじこめられた猛獣さながら、文明という鉄格子を通して人類にむかって牙をむいているのを、いまさらのように認識せずにはいられないのだった。」(『シャーロック・ホームズの冒険 五つのオレンジの種』創元推理文庫 深町眞理子訳)

ロンドンの秋の嵐を思いながら、台風16号の心配をしている。

山本周五郎《晩秋》

「花を咲かせた草も、実を結んだ樹々も枯れて、一年の営みを終えた幹や枝は裸になり、ひっそりとながい冬の眠りにはいろうとしている自然の移り変りのなかでも、晩秋という季節のしずかな美しさはかくべつだな」津留はそれを聞きながら、―この方の生涯には花も咲かず実も結ばなかった、そして静閑を楽しむべき余生さえ無い。ということを思った。

📍出演 ほか
📍朗読

防災スピーカーの洒落たデザインかと思っていたら動き出したのでびっくり。鳥は高いところが好きなんですね。

大きな地震だった。震源地が海中の深いところだったから比較的被害が小さいが、これが都市直下型であれば、阪神淡路や熊本と同じような被害になったかもしれない。

松田修展「こんなはずじゃない」
無人島プロダクション(墨田区江東橋)
2020.12.5〜2021.1.16

『新作は、一人の女性の人生を私小説的に語ってもらったビデオや、今年初めから夏にかけて都内で観測した記録映像、対立や差別を生む構造を考察した作品をはじめとした、映像や立体によるインスタレーションです。
社会の構造と、それによって生まれる情報や経済の格差など、現在多くの人が抱えているであろう社会問題が作品の根幹となっていますが、どの作品にも、自分の運命をあるがままに(なすがままに)受け入れながらもポジティブな精神とタフな態度で生きていく松田のスピリットが随所に盛り込まれています。』(展覧会リーフレットから)

こんな状況だからこそ、見ておくべき作品群です。松田の『この展覧会では、社会的不利な構造や格差など、様々な社会問題に触れているが、どの作品にも、カスな運命を受け入れつつヘラヘラ生きていく、そんな「スラム魂」が通底している。』という言葉に希望を見出している。

テニソンの「砂洲を越えて」。原文での朗読をリンクのサイトで聴くことができます。

poetryfoundation.org/poems/453

イギリスの詩人 アルフレッド・テニスンの詩。
突然の疫病で亡くなってしまった全ての人を悼んで、この詩を読み返しています。

『砂州を越えて』

日は暮れて 夕べの星
われを呼ぶ 澄みし呼び声!
願わくは 砂州のくるしみ 無からんことを、
われ大海に 船出するとき。

揺れていても 眠るがごとき 潮のすがた、
満ち満ちて 潮騒もなく 泡も立たず、
限りなき大海より 生まれし生命
再び もとの住処に戻るとき。

たそがれて 夕べの鐘、
その後に迫る 闇の世界!
別離のかなしみ 無からんことを、
わが船出 迎えるときに。

時間と場所の境を越えて
潮はかなたに われ運ぶとも、

わが導きの神に会いたし 顔も間近に
砂州をば越えて すすむそのとき。

西前美巳編『対訳テニスン詩集―イギリス詩人選(5)』岩波書店より

‪やなぎみわ《Fairly Tale》‬

‪この作品を見ると、やなぎが学生時代に唐十郎の舞台を見たときの体験について語った言葉を思い出す。

『忘れられないですね。だってその時の演目が「少女仮面」だったんですよ。宝塚ファンの少女たちが満州まで春日野八千代を追いかける。テントの外から続々と「少女たち」が歌いながら入ってくる。そして防空頭巾の中の仮面の異形をさらす。そしてラストには「屋台崩し」で密室が崩壊するのですから、ドンピシャでツボにハマったわけです。‬』(国際交流基金 Performing Arts Network Japan(PANJ)の記事から引用)

neue etc boosted

ピナ・バウシュに関する記事を読んでいる。
francemusique.fr/culture-music

今私たちがしている、舞台上で全く音がなかったり、ダンサーが話したり歌ったり、乱雑に見える動きをする、というようなことがほんの40年程前まではなかなか受け入れられなかったことに少し驚いた。
ピナ・バウシュは時々、激しく批判する観客のために夜中の3時まで劇場に閉じ込められることがあったそうだ。
タンツ・テアターという言葉は15年程前ドイツに住んでる時に初めて聞いたのだけれど、その始まりを、今はダンサーのみならず知っているピナ・バウシュがこんな風に獲得していったなんて知らなかったな。

Show thread

何となく足が向かないというか、一度見に行こうとBunkamuraまで行ったけど、NADiffで奥山淳志の展示を見て帰ってしまったことを思い出しました。多分、作品そのものというより、売らんかなという姿勢が露骨に垣間見えるのがちょと苦手なんです。

こそっと素敵なプレゼントをいただきました。ありがとうございます。

そして3月号の文學界。表紙が横光利一❗️

『安全なニスとエーテルの混合液のザボンがいつの間にか危険な重クロムサンの酸液と入れ換えられていたり』

小説冒頭の部分から惹きつけられる。喚起するイーメジと文章のリズム。小説全体に流れているトーン。読み進めるうちに段々病みつきになる。横光利一《機械》。

横光利一の《機械》は、中学時代に国語教師から「天才の小説だから読め」とすすめられた。そのとき思ったことは、天才は髪型なんか気にしないんだなぁということだった。この髪型で写真撮らせるって自分の才能に相当な自信があるんだろう。芥川もまた然り。

横光利一の《機械》から

『いずれにしても(中略)彼に人間修養をさせてやるだけだとぐらいに思っておればそれで良ろしい、そう思った私はまるで軽部を眼中におかずにいると、その間に彼の私に対する敵意は急速な調子で進んでいてこの馬鹿がと思っていたのも実は馬鹿なればこそこれは案外馬鹿にはならぬと思わしめるようにまでなって来た。人間は敵でもないのに人から敵だと思われることはその期間相手を馬鹿にしていられるだけ何となく楽しみなものであるが、その楽しみが実はこちらの空隙になっていることにはなかなか気附かぬもので私が何の気もなく椅子を動かしたり断裁機を廻したりしかけると不意に金槌が頭の上から落おっこって来たり、地金の真鍮板が積み重ったまま足もとへ崩れて来たり安全なニスとエーテルの混合液のザボンがいつの間にか危険な重クロムサンの酸液と入れ換えられていたりしているのが初めの間はこちらの過失だとばかり思っていたのにそれが尽く軽部の為業しわざだと気附いた時には考えれば考えるほどこれは油断をしていると生命まで狙われているのではないかと思われて来てひやりとさせられるようにまでなって来た。』

鋭利な観察眼。

Welcome. Museo Nacional del Prado
youtu.be/KdQRjgvqxwg

プラド美術館の紹介動画。そのクオリティーの高さに、見た人はほぼ間違いなく、美術館に行きたくなります。2018年のドイツデザイン賞でエクセレントコミュニケーションデザイン賞を受賞しています。ちょと感動すら覚えます。

ただ、今すぐには、プラド美術館に行くのは難しいなぁと思っていたら。4月10日(金)から、映画『プラド美術館 驚異のコレクション』が、全国公開されます。これは見逃せないですね。😆
prado-museum.com

《ふたつのまどか ―コレクション×5 人の作家たち》

佐倉にあるDIC川村記念美術館で、3/20から開催される企画展。さわひらき、野口里佳などの作品と美術館の収蔵品をコラボレーションする。

kawamura-museum.dic.co.jp/appl

Show older
mstdn.jp

Mastodon日本鯖です. よろしくお願いいたします。 (Maintained by Sujitech, LLC)